自分を制限する「枠」を外すには

人生

【要約】自分が成し得ないことをやり抜いている人を見て、育った環境など、その差を理由に自己弁護することがあります。「できない・しない」ための言い訳。そんな、自分を制限する「枠」を外す考え方について。(2021.09メルマガより)


すごいことをやり遂げた人
自分が諦めたことをやり抜いた人
自分がやってみたいと思うことを既に実現した人

そんな人を目にした時、あなたはどんな気持ちになりますか?

すごいなぁ
憧れるなぁ
頑張ったんだろうなぁ

.…..と相手を讃える気持ちを抱く反面

あの人は
私とは能力が違うから
私と違ってまだ若いから
…と勝手に相手の方が恵まれていることにして、自分ができない・やらない理由を肯定したことはないですか?

私はあります。

「なんと言っても、 家庭環境が違うわ。親の姿勢が違うもん」など…
どこまで遡って言い訳するんだという感じです。

確かに音楽一家に育ち、音楽で身を立てる人を見てそう感じることは、まぁまぁあるでしょう。

でも、それ以外にも無意識に自己弁護するように心の中でつぶやくことがあります。

そうして
トライする前に諦める自分を肯定して、その時の気分をやり過ごす
そんな怠惰な自分を何度も感じてきたように思います。

今月はそんな言い訳が吹っ飛ぶような記事をキッカケに、自分を制限する「枠」を外すヒントについてつぶやきます。


キッカケになったのは
VOGUEに掲載された86歳のエバンジェリスト・若宮正子さんの記事です。

最近聞かれるようになった「エバンジェリスト」というワードは「IT業界で近年注目を集めている新しい職種のこと」だそうです。

若宮さんは30年前にパソコンを購入し、60歳を超えてプログラミングを習得、2017年にはiPhoneアプリを開発。記事にはアプリ開発に至る経緯や冒険的に生きる姿勢、固定観念を覆す思考など刺激的な内容が書かれています。

記事を読んで、この方の自分を制限する「枠」の無さに感嘆しました。それも86歳という、こちらとしては全く言い訳が立たない年齢です。だからと言って、奇抜な様子はなく、一見普通のシニアです。

私たちは何かを行動に移すキッカケの一つとして、自分と似た条件の人、また自分より悪い条件の人ができたことは自分もできる、と思う傾向があるそうです。

そういう理屈から冒頭の私の言い訳を分解すると、自己弁護の流れがわかります。

「この歳で言語を習得するのは無理」
「この歳で楽器演奏を習い始めるのは無謀」
….というつぶやき。

これらは、成果を上げている人の背景から、自分との違いを見つけ、その人と自分には差があることにするのです。そして、差があるのだからできなくても仕方ない、という情けない言い訳…..あきらめる自分を直視することを避けているわけです。

今回、若宮さんの記事に多くの人が影響を受けたことはSNSの発信をみてもわかります。

それは、
「銀行員」を経て、
母の「介護」を終え
自身が「高齢者」となるも、
今なお前進し続けている姿勢が私たちに与えるもの

それが、
【自分を制限する「枠」を外す考え方】

死に支度さえ考えてもおかしくないハイシニアにもかかわらず、多くのシニアと一線を画す発想が湧くのは、何が違っているのでしょう?

ここから
若宮さんの発言を抜粋します。
————————
社会のあり方が正しいならいいですけど、歪んでいるかもわからない。…..(中略)….能力を測る社会のものさしは刻一刻と変化しています。…..(中略)….先に苦労しておけば、後に良いことが待っているという「先憂後楽」を若宮さんは「悪い思想」と指摘した。
「10歳の子は10歳のときにしかできないことをやればいいのに、今の子どもたちは中学の受験準備に追われています。しかし中学に入ったら、いい高校に入れ。その次はいい大学に入れ。いい会社に就職しろ。社会に出たら、結婚しろ。子どものために備えろ。老後に備えろ。一生かけてずっと死ぬ支度をしているわけ。無駄だと思います

全文はここ↓↓↓
VOGUE(若宮さんインタビュー記事)

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